組紐の歴史は古く、仏教とともに大陸から伝えられたとされています。その伝統を今に伝えるのが、大津逢坂山に工房を構える『藤三郎紐』。

江戸時代末期の慶応三年(1867年)に創業し、様々な台、様々な組み方から生まれる緻密で美しい組紐を作り続けています。

今回は四代目太田藤三郎氏に140年余り続く藤三郎紐の伝統、組紐へのこだわり、そしてこれからの時代への挑戦についてお聞きしました。

藤三郎紐についてイントロダクション


峠の米屋から始まった「藤三郎紐」

逢坂山風景

古来より京都への旅人が行き交う近江逢坂山の峠で藤三郎紐は生まれました。

慶応三年(1867年)、当時関所付近で米屋を営んでいた初代藤三郎の妻が、副職として旅人の印籠を修理や紐を使った雑貨を扱ったことが始まりとされています。その後二代目藤三郎の代に店は組紐づくりに専念するようになり、三代目藤三郎は草木染めを取り入れたことで、草木染め手組み組紐の技術保持者として大津市の無形文化財に指定されました。

創業当時は武具や印籠の紐が主でしたが、明治期以降、時代の移り変わりにともなって、 帯締め、羽織紐として人々に広く使われるようになりました。

現在は、創業以来140余年続く伝統を四代目藤三郎氏が受け継ぎ、そしてまた五代目となる息子さんへとその技術は伝えられています。


草木染から紐組みまで

組台の紹介

藤三郎紐の工程は、絹糸の染色から始まります。紅花、蘇芳(すおう)、コチニール、藍玉など、自然染料で染められた絹は柔らかく優しい印象に。また、見た目の美しさだけでなく、染料によって虫よけや殺菌などの実用的な効果もあるそうです。

染色の後は、枠に糸を取る糸繰りと、職人の経験とカンが頼りの経尺(へいじゃく)と呼ばれる紐の長さや太さに合わせて糸の量を決める工程を経て、組台に設置します。

そしていよいよ、紐組みへ。
紐を組むには「組台(くみだい)」と呼ばれる専用の台を使いますが、これは作るものによって数種類を使い分けます。 「角台(かくだい)」、「丸台(まるだい)」、「三角台(さんかくだい)」、「高台(たかだい)」、「綾竹台(あやたけだい)」、「内記台(ないきだい)」など様々な台がありますが、これだけの台がそろって使われているのは非常に珍しく、特に江戸時代後期にからくり人形の技術を応用して発明された「内記台」は現在この藤三郎紐でしか使われていません。

「他にない台がある、それが藤三郎紐の強みでもある」、四代目藤三郎氏はそう語ってくれました。

そのような工程で一本一本丁寧に作られた組紐は、しっかりとしていて、それでいて柔らかさのある近江の組紐に仕上がるのです。


「味」のある紐づくり

四代目藤三郎氏

「紐で一番大事なのは味。組の味。かんからかん(固すぎ)でもあかんし、ふにゃふにゃでもあかん」
これが四代目藤三郎氏のこだわりです。

手作りのならではの締め具合、風合いは機械生産では決して真似のできない「味」であり、長く組紐が愛されてきた秘訣でもあります。

しかし一方では問題も。
需要の減少や国外への生産地移転に伴い、最盛期には大津に40軒近くあった組紐の店も今では藤三郎紐の1軒だけとなってしまいました。県内だけでなく全国的にも組紐職人の数は減り、いかに技を伝承していくか、そしていかにその文化を広めていくかが問題になっています。

そのためこれまで生産の中心であった帯紐に加え、最近は洋服の紐やストラップなどの小物、ネクタイなど、様々なジャンルに挑戦。 また、組紐及び草木染めの体験、組台の見学受け入れなどを行い、広く組紐の魅力を知らせる取り組みを行っておられます。

組紐を作り続けて61年。 毎晩の晩酌が楽しみだという四代目藤三郎氏は、ご自身の作る組紐のような「固すぎず、柔らかすぎない」、そんな魅力を持つ大津の匠でした。



区切り線

四代目藤三郎氏インタビュー

藤三郎紐の店写真

【所在地】
〒520-0054 滋賀県大津市逢坂一丁目25-11
TEL:077-522-4065
営業時間 8:30から17:00
(日祝定休)

【サイトURL】
http://www.e510.jp/kumihimo/



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