江戸時代、東海道の宿場町として栄えた大津で、旅人に人気を博していた大津絵。現在も大津を代表する工芸美術品として広く知られており、僧衣をまとった鬼や、藤の枝をまとった美人画など、その独特の画風が、時を経て、今も多くの人々を惹きつけます。

大津絵独自の、シンプルで大胆な描線は、どのように生まれたのでしょう?今も変わらず共感できる、絵に込められた人間の本質 とはどんなものなのでしょう?

今回、大津絵の伝統を今に伝える4代目・高橋松山氏に、大津絵にまつわる歴史や魅力を語っていただきました。高橋松山氏は、大津市無形文化財の保持者であり、三井寺町の長等神社門前に、工房兼店舗「大津絵の店」を構え、江戸時代に生まれた民画 ・大津絵を今も描き続けています。

大津絵についてイントロダクション


東海道の旅人が愛し、育てた大津絵

大津絵仏画・大津絵十種

大津絵は、江戸時代初期、今から約350年前に仏画として生まれたと言われています。そのことは、「大津絵の筆のはじめは何仏」−大津絵師の書き初めの絵は何の仏様であろうか−と、松尾芭蕉も詠んだことからもうかがえます。

大津絵は、お客さんからの要望があれば流行ものや人気役者なども描く、おおらかな面も持ち合わせていました。そして、時代と共に仏画以外の様々な図柄が生まれ、支持を得た画題だけが自然淘汰の後に描き続けられ、伝統的な大津絵として残っていきました。

また、当時の大津は東海道屈指の賑わいをみせ、京へ抜ける逢坂越えあたりには、大津絵に限らず、旅人を相手とする土産物の店が立ち並んでいたようです。 その中にあって、大事なお客さんである旅人に気に入って買い求めてもらうためには、自然と条件が必要になりました。面白い画題であること、軽くてかさ張らないこと、注文を受けてからの待ち時間を短縮するため手早くかき上げること、安価であることです。

弟子や家族にも手伝わせながら短時間で数多く絵を描くために、合羽摺りや版木押し、コンパスや定規が用いられ、大津絵独自の技法が生まれました。 余分なものをそぎ落としたシンプルな描線で大胆に描き、色も七色ほどに抑えられ、毎日描く絵師達の手慣れた技と相俟って、「三つを描いて全体の十を見せる」高橋氏の言葉通り、素朴な美しさをたたえる独自の画風に繋がっていきました。


ゆばブーム見出し

大津絵鬼の寒念仏・大津絵十種

前述した芭蕉の句は、大津絵を読み込んだもっとも有名な句ですが、他にも、大津絵を詠んだ俳句は数多く、大津絵を愛好した俳人は数知れません。その中でも、大津絵の代表的な画題の“鬼”に関する句は多く、「鬼の寒念仏」がとても人気があったことが分かります。

「あの中に鬼やまじらん寒念佛」 子規
「大津絵の鬼も見じとや暖の鳥」 一茶

大津絵の“鬼”は、人の愚かさや邪悪さを象徴したものです。中でも「鬼の寒念仏」は、僧衣をまとう鬼の姿が“偽善者”を表しています。顔かたちは鬼のままで、衣装・小道具だけを僧侶にしても無駄だということです。鬼の2本の角は人の「我」の象徴で、片方が折れているのは、我を抑えることの大切さを諭しているのだと、高橋氏に教えていただきました。

おどけた鬼の表情に隠された道徳的な教え。こういった風刺画としての部分も大津絵の魅力の一つとなっており、現代に生きる私たちが、感性豊かな俳人を始めとする遠い昔の人々と、美意識や道徳観を共有できることが、とても興味深く感じられます。


大津絵を継承する強さとしなやかさ

高橋松山氏インタビュー

大津絵には教本となるべきものがなく、描く際に手本を広げることも、下絵を描くこともありません。しかし、長い年月を経て型になった絵には、自分の好みを入れる隙は全くないと、高橋氏はおっしゃいます。大津絵が仏画として生まれてから350年伝えられてきた技法を守り、大津絵の正当性を守ることが自分の役割だと感じておられるからです。高橋氏は幼いころ、学校から帰ると父親から色塗りのノルマを与えられ、遊びや宿題より優先させられていたそうです。大津絵独自の技法を、小さいころから体で覚えていったのだそうです。そして、その長年の積み重ねが、誰にでもできる単なる“模写”の域を超え、伝統を自分のものとして表現する技術の体得に繋がっていきました。

ところが時代の流れには、伝承を伝える難しさも大いにありました。江戸時代に庶民の心をつかんだ大津絵も、明治以降、欧米文化追随の風潮や東海道線全線の鉄道開通の影響で、残念ながら衰退の時期を迎えることとなります。その後、戦中戦後で食べることに必死だった時代には、絵を求める人もほとんどいなくなりました。その中にあっても大津絵を愛した何人かの絵師達が必死にこの絵を残すことに努力し、食器やのれんなど、実用品に絵を描いて販売するなどして継続させ、今に至っています。

高橋氏自身も大津絵師として、伝統を守る側面と同時に、生きた文化として、現代人の心を打つ作品創りも必要だと感じておられます。お客さんの要望があれば、紙だけでなく帯や着物、Tシャツにも描き、新しい商品として携帯ストラップも制作されています。そして、五代目となる高橋信介氏と共に、HPを立ち上げ、ネットショップでの大津絵作品の販売も手掛けておられます。さらに、このHPを見た海外企業から「日本らしさの中にも、斬新さがある。」と問い合わせがあり、ドイツで販売される食品パッケージとして大津絵の美人画が採用されることとなる等、予想を超えた反響にも繋がりました。

「苔だらけの泉が湧き出る水で常に新鮮であるように、大津絵を美術館で見る骨董品としてではない、今を生きる芸術としたい」と高橋氏が語ってくれました。350年かけて洗練された大津絵の魅力を、新しい伝統として、100年後、200年後に受け継いでいくための、厳しさと、しなやかさが感じられる、高橋氏のお話でした。



区切り線

高橋松山氏インタビュー&大津絵実演動画
「いらないところを省いて、元の形を崩していないということは、すごいことである。初めは浮世絵のように複雑な絵だったけれど、だんだんエキスのような部分が残っていった。エキスだけが残った絵を凌駕できるものは、もはや描けない。だからそれを繋いでいくしかない。それを伝承と言う。」
高橋氏がこう語るように、絵を描く筆の動きはためらいもなく滑らかで、大津絵伝承 者として体得した技が感じられました。

大津絵の店写真

【所在地】
滋賀県大津市三井寺町3-38
TEL:077-524-5656
FAX:077-524-5753
【アクセス】
●JR東海道線→大津駅下車 徒歩20分
●京阪石坂線→三井寺駅下車 徒歩10分
【サイトURL】
http://www.e510.jp/otsue/
http://www.otsue.jp/
http://www.otsue.com/

大津絵の店マップ



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