大津祭は、毎年「体育の日」の前日(日曜日)に本祭、前々日(土曜日)に宵宮が行われます。
大津の町衆文化を400年以上も伝え続けている大津祭は、江戸時代はじめ、鍛冶屋町(かじやちょう)の塩売り治兵衛が天孫神社の祭礼の時に、狸の面をかぶって踊り、大人気となったことから始まったそうです。
治兵衛さんが高齢になったため、屋台の上に乗せた狸のからくり人形に代わりをさせ、その後徐々に曳山の形態に変わってきたそうです。
この流れから分かるように、屋根に狸をかかげている西行桜狸山(さいぎょうざくらたぬきやま)が最初に創建された曳山(1635年)で月宮殿山(げっきゅうでんざん)が最後に出揃う(1776年)まで、140年もかけて発展していきました。
1872年を最後に巡行しなくなった神楽山(かぐらやま)を含め、一時は14基ありましたが、現在は13基となっています。
【上の写真】大正8年頃大津祭(後ろは大津初の鉄骨ビル・現野村證券ビル)
【下の写真】昭和5年10月10日大津祭昼食休憩(中央1丁目あたり)
[大津祭曳山展示館 館長 上田良平氏提供] |