豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『大津の妖怪伝説 “鉄鼠(てっそ)”』

 

 

人間には捉えづらい不思議な現象そのものや、あるいはそれらを発生させたり、人間に危害や予兆を与える非日常、超自然の存在を「妖怪」と呼び、日本各地には妖怪にまつわる伝説や逸話が沢山あります。

   大津にも、『太平記』などで伝えられている妖怪伝説がありますので、ご紹介いたします。

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 時は平安時代、白河天皇の頃、三井寺(園城寺)に“頼豪阿闍梨(らいごうあじゃり)”という僧がいました。祈祷の効き目が天皇の耳に届くという高僧で、当時、後継者の誕生を願っていた天皇から、成功時の褒美を約束した上で、皇子誕生の祈祷を命じられました。

  まもなく祈祷が成就し無事に皇子が生まれたので、頼豪は天皇に、念願であった三井寺の「戒壇」の建立を願い出ましたが、当時、天台宗が“延暦寺派”と“園城寺(三井寺)派”で対立していたことで、延暦寺からの強い反対にあい、戒壇の建立は果たされませんでした。

 このことに怒った頼豪は恨みの祈祷と断食を続け、やがて夜叉のような形相で壇上に果てたそうです。

 頼豪の強い念から、八万四千匹ものねずみが比叡山へ押し寄せ、仏像や経典を喰い荒らし、頼豪自らも、鉄の牙と石のように堅い身体を持った大ねずみに化け、ねずみの大群を率いたとも言われています。以来、大きなネズミを「頼豪鼠」と呼ぶようになったそうです。

 この頼豪の姿が、古代日本の妖怪「鉄鼠(てっそ)」として語り継がれ、江戸時代に残された妖怪画集などには、その姿が描かれています。

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現在でも、東映アニメーションによる「ゲゲゲの鬼太郎」サイトには、 “日本妖怪四十七士”のコーナーの滋賀県代表”に『鉄鼠』が紹介されています。
 →詳細はこちら

 三井寺には、観音堂へ上る石段の脇に、「ねずみの宮さん」と呼ばれる“十八明神”(本来、伽藍を守護する神)の社があり、この一件のねずみの霊を祀る為、北の比叡山の方を向いて建っていると伝えられています。
 →三井寺ホームページ



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『上隕石

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