豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『大津祭のもう一つの曳山「神楽山」』

 

 

大津の秋の風物詩『大津祭』。 毎年「体育の日」の前日(日曜日)に本祭、前々日(土曜日)に宵宮が行われます。大津祭は、長浜曳山祭、山王祭らと並んで湖国三大祭の一つに数えられ、滋賀県無形民俗文化財に指定されています。

この大津祭りは天孫神社の祭りであり、江戸時代初めに鍛冶屋町塩売治兵衛が狸面で踊ったことから 始まったとされています。

現在、大津祭では「曳山」と呼ばれる13基の山車が町を巡回していますが、江戸時代の大津祭は、曳山だけでなく、「ねりもの」といわれるつくりものによる仮装行列も一緒に巡回しており、曳山も13基ではなく、14基あったそうです。「ねりもの」は明治初頭になくなり、14基目の曳山も明治6年以降姿を消しました。

幻となった14基目の曳山「神楽山」は堅田町(現・中央3丁目と島の関の一部)の所有する山車で、 1637年に作られたと言われています。現在は、人形と見送り幕、胴幕のみが残されており、宵宮・本祭に町内で飾られ、末長く継承されています。

関係者の間では「謎」とされている「神楽山」ですが、この度、幻の曳山「神楽山」が描かれた版画が見つかったそうです。神楽山の姿を確認できる資料はほとんどなく、14基が並ぶ資料が見つかるのは初めてです。「ねりもの」の様子も細かに描かれているそうです。

見つかったのは「四宮祭礼(大津祭の当時の名称)摺物(すりもの)」と呼ばれる3枚組の版画。 曳山の巡行順、神事行列の様子、曳山14基の絵と解説の3枚からなり、見物客向けに観光パンフレットのような物として、配布したものとみられています。

今回の資料発見で、屋根の形が寺院建築によくみられる「入母屋造(いりもやづくり)」だったことなどが分かったそうで、歴史を探るうえでとても貴重な史料となりそうです。



  大津祭(祭の歴史編)
  大津祭 (祭のみどころ編)
  大津祭(曳山の特徴編)


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『大津祭のもう一つの曳山「神楽山」』

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