豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『水害から人々の生活を守る「瀬田川(南郷)洗堰」』

 

 京阪神エリアに暮らす人々の生活を支える自然の恩恵“琵琶湖の水”。 一方で、梅雨や台風で大規模な洪水にも悩まされてきました。

 四方を山に囲まれた琵琶湖には、119本の一級河川が流れ込んでいますが、出ていく川は“瀬田川”1本のみ。

 河口の土砂堆積が原因で湖面の水位が上昇すると、湖岸の住民に水害をもたらし、流水量の増加で、下流の淀川流域にも被害が及びます。 古来は、多くの周辺住民が瀬田川の流水量調節を願っていました。

 明治29年の琵琶湖大洪水をきっかけに、南郷一丁目と田上黒津町の間に建設されたのが「瀬田川(南郷)洗堰」。明治38年に完成しました。

 当時の洗堰はレンガ造りで、木の角材を人が落として流水量を調節しており、全閉に丸2日、全開に丸一日がかかり、嵐の日は命がけの作業となりました。この洗堰の誕生で琵琶湖周辺はもちろん、淀川や宇治川の水害も大きく軽減されました。

 現在の「瀬田川(南郷)洗堰」は、昭和36年に、新しく電動式の設備を取り入れて造りかえられた2代目で、全長173m、10基の水門で非常時の全開・全閉は30分で行えます。

 現在、一般的に、明治期に造られた初代を「南郷洗堰」、  現在稼働中の二代目を「瀬田川洗堰」と呼び分けているそうです。

 ~洗堰が活躍!琵琶湖の水位調整法~

 台風で大雨が降ると宇治川・木津川・桂川・淀川の水位が上昇し始め…
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 木津川・桂川の流量が特に増加し、淀川の流量がピークになります。 この時、琵琶湖の水位はほぼ上昇していないので、洗堰の放流量を制限。
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 下流の流量が減り始めたら、洗堰を開け上昇する琵琶湖の水位を下げます。

 現洗堰の少し上流に、記念として残された旧洗堰のレンガの堰柱が水害の苦労から重ねられた先人の努力や知恵を、現代人に伝えています。

   すぐ傍には、洗堰の模型展示や旧洗堰の開閉作業の様子が実物大で再現されている、水のめぐみ館「アクア琵琶」があり、100年以上もの間、水害から私たちを守ってくれている「瀬田川(南郷)洗堰」の全貌に触れることができます。


  ■詳しくは:水のめぐみ館「アクア琵琶」ホームページ        


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『水害から人々の生活を守る「瀬田川(南郷)洗堰」』

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