豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『オランダ堰堤』

 

  大津市上田上にある、近江湖南アルプス自然休養林内に建つオランダ堰堤(えんてい)。

 オランダ堰堤は、今から約100年以上ほど前の明治時代に、上流から流れ出す土砂を止めるために作られ、今も当時の姿で砂防ダムの役  割を果たしています。

 かつて、この付近は檜の美林でしたが、奈良・平安時代に寺院・仏閣の造営や明治維新後も建材や産業資材を得るために乱伐が続き、山々には木々がなくなり、はげ山になってしまいました。

 この辺りの山地はもろい花崗岩でできているため、乱伐により保水力を失った山から一気に流れ出る雨水によって、岩は削り取られ真砂となり、雨が降ると山から大量の土砂が流れ出し、川筋に大きな被害を  もたらし、さらに、川の水によって運ばれた土砂が、淀川下流や河口部に堆積し、水上交通を困難なものにしていました。

 そこで、明治に入り政府は、「淀川水源砂防法」を制定し、オランダ人技術者ヨハネス・デ・レーケ等の協力を得て本格的に各種の山腹工事や植栽など砂防工事を行いました。

 そして明治22年(1899年)ヨハネス・デ・レーケの指導の下、  オランダ堰堤が造られました。割石積堰堤で日本最古のものといわれています。

 オランダ人ヨハネス・デ・レーケの指導によって建てられたとされることから、通称「オランダ堰堤」と呼ばれるようになりまた。

 オランダ堰堤は平成元年に「日本の産業遺産300選」にも選ばれ、また、田上砂防工事の記念碑的存在であるとして、昭和63年には大津市の史跡にも指定されました。

 現在、この辺りは豊かな緑に包まれ、オランダ堰堤から約200メートル下流まで浅瀬が続き、綺麗な川で水遊びや、ハイキングなども楽しめる市民の憩い場として親しまれています。

■参考ページ:アクア琵琶「オランダ堰堤」に行こう


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『オランダ堰堤』

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