豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『そろばんの発祥地 大津』

 

  ほんの数十年前まで,まだ電卓やコンピュータのない時代に唯一の  計算道具として使われていたそろばん。 あまり知られていませんが、実は大津は日本のそろばん発祥の地なのです。 今回は知られざる『大津そろばん』についてお届けしたいと思います。

 大津そろばんは、慶長17年(1612)当時大津・追分の住人であった片岡  庄兵衛が、時の長崎奉行・長谷川左兵衛藤広について長崎に出向き、そ こで明(中国)の人から算盤を手に入れ、日本人に合うよう改良を加え、 大津そろばんを完成させた事から始まりました。

 当時交通の要衝として栄えた逢坂の関あたりの街道沿いは東海道随一の賑わいぶりであったそうで、茶店や土産物を売る店が並び、大津そろばんは街道沿いに大津絵、縫い針、餅と並んで売られ、街道土産として珍重され、 全国に広まって行きました。

 大津そろばんの特徴は、竹製のヒゴが極めて細く、その形は繊細で優美であり、そして釘や鋲、接着剤も使用せず、何百年も狂いが生じない組み方は「大津指し」と呼ばれ、門外不出の秘法であり、この特徴が日本 のそろばんを優れたものにしたと言われています。

 以来、明治の初めまで約三百年「大津そろばん」の名声は全国的に広まりました。

 しかし繁栄を誇った大津そろばんも、明治になって急速に衰退していきました。当時そろばん業者のもっとも密集していた地域が鉄道や逢坂山トンネルの開通に伴い、立ち退きにあったのです。

 その後、そろばん製造の機械化とともに手工業の大津そろばんは、完全に姿を消してしまいました。

 現在、三井寺観音堂の横手、普段はあまり訪れる人もいない琵琶湖が一望出来る高台にそろばんの玉をあしらった「大津そろばん記念碑」がひっそりと建っています。

 毎年春には、全国珠算教育連盟滋賀県支部主催の大津そろばん祭りが行われ、そろばん供養がとり行われます。また、そろばんの玉で出来たみこしを奉納し、子供たちによるそろばんの腕くらべが開催されています。

  ■大津そろばん参考ページ


  ■三井寺大津そろばん参考ページ 


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『そろばんの発祥地 大津』

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