豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『大津事件』

 

 皆さんは大津の中心部、京町通りにある洋品店の片隅にひっそりと  建つ小さな石碑はご存知でしょうか?

  この石碑が建つ場所で明治時代、近代史上重要な事件とされている ”大津事件”がありました。 歴史の授業やテレビ番組などで一度は皆さんも聞かれた事もあるかもしれません。

  1891年(明治24年)5月11日、当時超大国だったロシア帝国の皇太子 ニコライ(後の皇帝ニコライ2世)が琵琶湖への日帰り観光からの帰り 道大津に立ち寄った時、当初警備に当たっていた巡査津田三蔵が突如 斬りかかり、皇太子を負傷させたという大事件が起きました。

  当時小国であった日本が大国ロシアの皇太子を負傷させたとして、事件 の報復にロシアが日本に攻めてくるのではないかと日本国中に大激震が 走り国民を不安のどん底におとしいれました。

 
  この事件に明治政府は当時の法律を無視し、犯人の津田三蔵を死刑にし ようとしましたが、当時大審院長の児島惟謙は強く反対し、刑法どおり 無期徒刑判決を下し「司法権の独立」を貫き通しました。


  後に大津事件は行政の干渉から司法の独立を確立し、三権分立の意識を 広めた近代史上、重要な事件とされています。


 大津事件については未だに多くの謎が残っているようで、様々な著書が 出版されたり、関連資料の展示会が行われるなど、長い年月が経った今 でも関心が薄れていないようです。


  ■大津事件参考 ホームページ

 ⇒ 『大津歴史博物館 近現代』参照


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『大津事件』

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