豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『咲かない桜 大友桜』

 

  JR堅田駅の裏、西へ500m程行ったところに、 1本の桜の木があります。 少し前までこの木は、青々とした水田の小さな塚に、ぽつんと立っていました。 小さな老木のため、何も知らない人は見過ごしてしまうようなこの木は、 地元では「大友桜」とばれ、地域の人に愛されてきました。

 

大津市の史科によると、この木には2つの言い伝えがあるそうです。 1つは、堅田地域に伝わるお話で、 六歌仙の1人、滋賀郡の郡司を務めた大友黒主が この地で亡くなる際、つえを地面に突き立てたところ、 根が生えて木になったというもの。 その後、江戸時代ごろから「大友桜」と 呼ばれるようになったというお話しです。

 

もう1つは、隣接する真野地域に伝わるものです。 この地の城主だった大友氏の娘、桜姫が若くして逝去しました。 その冥福を祈って供養を行うために塚を築き、 その名を後世に残すために桜の木を植えました。 後に、その小さな塚は「桜姫塚」と呼ばれるようになったというお話しです。

 

 大友桜はヤマザクラの一種だそうですが、 この老木に花が咲いた姿を見た人はいません。 「姫の死を悲しんで咲かない」とも伝えられており、 地元住民は、この桜をとても大切にしてきたそうです。

 

 現在、大友桜のあった水田は、市の区画整理事業の対象地になり、 桜はそのまま残した状態で公園になっています。 そして、その公園の名前は「大友桜公園」といい、 「大友桜」と同じヤマザクラも植えられています。

 

 故人を偲び、ただ立ち尽くす桜の木は、 いったい何を想っているのでしょうか。 なんだか少し切なくなる、春の桜のお話ですね。





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咲かない桜 大友桜

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