豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
大津豆知識、目次へ >>

大津市

『 義仲寺 』

JR膳所駅・京阪膳所駅の北約300m、街なかの一角にひっそりと佇む寺院「義仲寺(ぎちゅうじ)」をご存知でしょうか。

源平合戦で知られる武将“木曽義仲(きそよしなか)”と、日本の江戸文学を代表する俳人“松尾芭蕉”、二人の偉人が眠る墓所があり、国指定の史跡です。

かつては、琵琶湖を望む景勝地でしたが、現在の義仲寺周辺は、ショッピングセンターが建ち、車や人通りも多い場所へと変貌しています。

平家討伐の兵を挙げ、都に入り、帰りに源頼朝軍に追われ、粟津の原で壮烈な最期を遂げた“木曽義仲(きそよしなか)”を弔う為に、側室であった巴御前(ともえごぜん)が建てた草庵が始まりと言われる義仲寺。

一度は荒廃したと言われるお寺ですが、室町時代末期、近江守護の職にあった佐々木氏により再建されます。

江戸時代になると、周辺の美しい景観をこよなく愛し、義仲の生涯に強く心を寄せていた松尾芭蕉が、幾度となくこの地を訪れ、滞在し、門人と月見の宴を催したとも言われます。
そして1694年、大阪で芭蕉が亡くなった際、生前の遺言により近江へ亡骸が運ばれ、同地に墓が立てられました。

境内には、芭蕉の辞世の句である「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」など、数多くの句碑が立てられています。

例年5月の第二土曜日には、境内の翁堂にに安置されている芭蕉翁座像の手に扇子を持たせ、俳諧を興行する伝統行事『奉扇会』が催されています。

源平と江戸の時代、二つの時代を繋いだ場所。
日本を代表する俳人、松尾芭蕉が最期の地として自ら選んだ場所、義仲寺を訪れると、二人の歴史に思いを馳せる静かな時間が過ごせるのではないでしょうか。

 ■滋賀県観光情報「義仲寺」
 ■大津まち歩きMAP「芭蕉が愛したまち編」

大津豆知識、目次へ >>

義仲寺

ヘッドイメージ大津豆知識