豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『 浅井三姉妹“初”の夫、京極高次と大津城 』

2011年のNHK大河ドラマ『江 〜姫たちの戦国〜』の舞台は近江です。近江ゆかりの戦国武将"浅井長政"と織田信長の妹"市"との間に誕生した浅井三姉妹、その末っ子"江"を主人公に、戦国の乱世を生き抜く姫たちの生涯が描かれます。

戦国時代、びわ湖と比良・比叡・長等など数多くの山並みに囲まれた大津は、京都と東国の中間に位置したことから、数多くの城が築造されています。
延暦寺焼き討ちの後に築城された明智光秀の坂本城、豊臣秀吉はその坂本城を廃城にし、びわ湖水運の要衝として重要性が高まった大津に着目し、大津城を築城します。

六万石で大津城の四代目城主になった「京極高次」の正室が、浅井三姉妹の次女"初"でした。
大津城の京極高次と言えば、関ヶ原の合戦直前の「籠城戦」での活躍が語り継がれており、この戦には妻の初も籠城したと言われています。

高次が城主になった五年後、関ヶ原の戦いが勃発しますが、妻である初の姉、浅井三姉妹の長女"茶々"は豊臣秀吉の側室、末っ子の妹"江"は徳川家康の次男、秀忠の妻だった為、高次は家康側(東軍)と豊臣側(西軍)の間で揺れ動く立場…どちらにつくか苦難の日々が思われます。

高次の妹(姉という説も)、"松の丸"が秀吉の側室であったこともあり、いったん石田三成率いる西軍について討伐に従いますが、出発20日余りで突如、船で大津城へ戻り、東軍への寝返りを決め、三千人の兵と共に籠城し、多くの人々の目を奪いました。
関ヶ原の前哨戦として、毛利元康率いる西軍一万五千人が立ち向かい攻めますが、堅い守りを見せ、落城まで8日間を要します。

奇しくも落城した日は、徳川軍が関ヶ原で西軍を打ち破った日。
攻防の間に足止めをくらった西軍が関ヶ原の本戦に間に合わず、結果高次の籠城が関ヶ原の勝敗を左右したとも言われているのです。

その後、大津城は長等山から砲撃射程に入るという理由で廃城され、変わりに膳所城が築かれますが、大津城の天守閣は彦根城に移築され城門などは膳所城に多く移築されました。

現在は、京阪浜大津駅下車すぐの所に「大津城跡の碑」が残されており中央一丁目の"大津祭曳山展示館"の裏手には外堀と言われる石垣が一部現存しています。

大津のお城はいずれも城跡しか残っていないのが残念ですが、その背景には天下統一の夢を追った戦国武将の数々のドラマが残されています。

 ■滋賀県観光情報「戦国の舞台 近江を歩く 大津城コース」

 ■江 〜姫たちの戦国〜 滋賀県推進協議会『江のふるさと滋賀』

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浅井三姉妹「初」の夫、京極高次と大津城

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