豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『 穴太衆積みの石垣 』

比叡山延暦寺と日吉大社の門前町として栄え、豊かな自然と延暦寺の僧侶が隠居した「里坊」が多く残る坂本の町。

里坊や神社、古い民家などの石垣には「穴太衆積み」(あのうしゅうづみ)と呼ばれる石積みが多くみられ、門前町、坂本の風情ある美しい景観を作り出すのに大きな役割を果たしています。

坂本付近に住んでいた「穴太衆」と呼ばれる石工集団によるその技法は、自然の石の形をそのまま活かしています。

見た目はとても崩れやすそうに見えますが、実はとても頑丈な組み方で、表面には小さく見えている石が奥行きのあるくさびのような石であったり、土が水を含んで膨張すると石垣の表面が膨らんで崩れることになるので、奥に栗石(ぐりいし)と呼ばれる小さめの石を詰めて水はけを良くするなど、見えないところに穴太集の技術が隠されています。

比叡山延暦寺の建立にも、穴太衆積みが用いられていました。
織田信長による延暦寺焼き討ちの際、寺の全てを取り壊そうとしても、穴太衆積みの頑丈な石垣だけは崩すことができなかったことから、その技術の高さを認めた信長が、安土城築城の際に導入したそうです。

それ以来、全国の築城にこの技術が導入されることになり、彦根城や二条城、大阪城、江戸城、名古屋城、姫路城など現存する城郭の大半に活かされていると言われています。

坂本の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定され、現在も自然の美しさと堅固さを保っています。
なかでも、滋賀院門跡の石垣は坂本にある穴太衆積みの中で最も美しいと言われていますので、坂本にお越しの際はぜひ、信長をもうならせた穴太衆の技術を体感してみて下さい。

 ■滋賀県観光情報「滋賀院門跡」ページ

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穴太衆積みの石垣

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