豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『 近江神宮の流鏑馬(やぶさめ)神事 』

※流鏑馬神事は平成27年より6月第1日曜日に変更されました。

大化改新を成し遂げ「近江大津宮」に遷都した天智天皇。
大津・滋賀の発展は、この遷都に始まるといった崇拝の意思により、昭和15年11月7日に、天智天皇を祭神とした“近江神宮”が創建されました。

そして例年11月3日、文化の日にこの近江神宮が賑わう恒例の文化行事が「流鏑馬(やぶさめ)」です。

流鏑馬は、平成2年近江神宮の御鎮座50周年を記念して、日本古式弓馬術協会の武田流鎌倉派から奉納されたご神事で、天智天皇が大津に都を移した際、蒲生野で狩を楽しんだという故事に因んで以後毎年文化の日に開催されています。

奉納より20周年を迎える平成22年には、近江神宮の御鎮座70年という記念の年でもあり4月にも桜の下で流鏑馬が催されました。

武者装束で疾走する馬上から的に向かって矢を放ち、腕を競う流鏑馬。
その起源は、第29代欽明天皇が国内外の戦乱に心を痛め、豊前国の宇佐の地(宇佐神宮の地)で、神功皇后・応神天皇を祀り、天下の平定と五穀成就を祈り馬上で3つの的を射たのが始まりと言われています。

近江神宮の流鏑馬は“奉行”と呼ばれる人が打つ太鼓の音を合図に、一同が出陣します。
その後、五穀豊穣を祈念して拝殿に矢を奉献する儀式などを経て、3つの的を設けた参道で、武者装束の射手が次々と的をめがけて矢を射る“騎射”が行われます。

騎射の終わりには再び奉行が太鼓を打ちます。最多的中者が的を持ち奉行の前に座り、「エイ・エイ・エイ(奉行)」に続き「オー(一同)」 といった掛け声の唱和が響く“凱陣の式”で幕を閉じます。

天智天皇ゆかりの地、秋の近江神宮が勇壮に彩られる文化の日。
迫力のある古来の文化行事をぜひご堪能下さい。

 ■近江神宮「流鏑馬」ホームページ

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近江神宮の流鏑馬(やぶさめ)神事

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