豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『 俵藤太のムカデ退治と瀬田唐橋 』

時は平安時代、近江富士とも呼ばれる、滋賀県野洲市の“三上山”に山を7巻半もする巨大なムカデが出現し、俵藤太(藤原秀郷)という武将が、これを見事に退治した…という「ムカデ退治」の伝説を皆さんはご存知でしょうか。

実はこの伝説にゆかりのあるスポットが、近江八景「瀬田の夕照」で有名な日本三大名橋、瀬田の唐橋。

ある日、俵藤太が唐橋を渡ろうとした時、橋の上に大蛇が横たわっていたそうです。
しかし、俵藤太は平気でこの大蛇を踏みつけて、橋を渡って行きました。
実はこの大蛇の正体は、橋の川底に住む“龍神”。
川底の魚を食い散らしたり…悪さをする三上山の大ムカデに頭を悩まされていました。

人々は、唐橋の上に大蛇がとぐろを巻いている…と恐れをなして橋を渡れないというのに、全く動じずそれを踏みつけた、彼の勇敢な姿をたくましく思い、ムカデ退治をお願いしたという訳です。

早速3本の矢を持ってムカデに向かい討った俵藤太は、最後の3本目の矢を見事に命中させ、ムカデを退治しました。

退治のお礼にと、龍神から俵などを貰ったことから、以後「俵藤太」と呼ばれるようになり、俵と一緒に貰って三井寺に寄進した釣鐘が、あの“三井の晩鐘”で有名な三井寺の釣鐘と言われています。

瀬田、唐橋の東岸にある「雲住寺」は、ムカデ退治活躍の追善供養にと俵藤太15代目の子孫が建立したお寺で、瀬田の夕照が眺められるお部屋もあり、瀬田唐橋の守り寺とされています。
すぐ隣にある「龍王宮秀郷社」には、俵藤太と龍神が祀られています。

 ■瀬田川流域観光協会「雲住寺」ホームページ

 ■びわ湖大津観光協会「龍王宮秀郷社」ホームページ

瀬田、唐橋方面にお越しの際は、ぜひ川底に住んでいたと言われる龍神や、俵藤太の勇敢な伝説を思い出しながら、瀬田の夕照や唐橋周辺のまち歩きを楽しんでみて下さい。

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俵藤太のムカデ退治と瀬田唐橋

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