豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『 弁慶の引き摺り鐘 』

天台寺門宗の総本山であり、近江八景の一つ「三井の晩鐘」で有名な三井寺には、不思議な事件を今に伝える霊鐘『弁慶の引き摺り鐘』があります。 三井寺初代の梵鐘で、奈良時代に作られたのではと言われています。

むかし、承平年間(十世紀前半)に田原藤太秀郷という人が三上山のムカデを退治したお礼に、琵琶湖の龍神より鐘を頂き、それを三井寺に寄進したと言われています。

その後、三井寺と延暦寺との争いで、あの有名な弁慶が鐘を奪い、比叡山へ引き摺り上げて撞いてみると ”イノー・イノー”(関西弁で帰りたい)と響いたので、弁慶は「そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったそうです。

鐘にはその時のものと思われる傷痕やひび割れなどが残っています。 また、この鐘は、良くないことがあるときには鐘が汗をかき、撞いても鳴らず、また良いことがあるときには自然に鳴るといわれているそうです。

「園城寺古記」という戦国時代の記録には、文禄元年(1592)七月に鐘が鳴らなくなり、寺に何か悪いことが起るのではないかと恐れた僧侶たちが、様々な祈祷をおこなったところ、八月になってようやく音が出るようになったと伝えられているそうです。

また建武の争乱時には、略奪を恐れ鐘を地中にうめたところ、自ら鳴り響き、これによって足利尊氏軍が勝利を得たといわれるなど、まさに霊鐘というにふさわしい様々な不思議な事件をいまに伝えています。

現在は撞かれることもなく金堂西方の霊鐘堂に奉安されているそうです。 実物の写真も掲載していますが、こんな大きい鐘を1人で運んだという弁慶は、いったいどんな怪力の持ち主だったんでしょうね!

不思議な力を持つ『弁慶の引き摺り鐘』、永年、三井寺の歴史を見続けてきた霊鐘を、皆さんも是非自分の目でご覧になって下さい!その大きさにきっとびっくりしますよ!

三井寺には『弁慶の引き摺り鐘』以外にも様々な面白い伝説があります。興味のある方は三井寺のホームページをご覧下さいね。

■三井寺
 → http://www.shiga-miidera.or.jp/about/legend00.htm

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