豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『 浮世絵と並ぶ、日本二大民画「 大津絵 」』

皆さん、大津を代表する郷土みやげとして有名な『大津絵』の事はご存知でしょうか?

駅や観光パンフレット、大津市内のお店などで独自のタッチの絵を目にした方もいらっしゃると思います。

江戸時代初期に生まれた『大津絵』は親しみやすい姿や表情で描かれた鬼などのキャラクターや当時の時代背景をユーモア溢れる画風で表現しています。

その作風は、軽妙かつ力強い筆跡を基調とし、シンプルで鮮やかな色づかいで描かれており、多くの観られた方の心を掴み、現在も多くの方に愛されている大津を代表する伝統工芸です。

『大津絵』は「浮世絵」とともに江戸時代に誕生し、日本を代表する“二大民画”と言われています。

絵に取り上げられるモチーフもさまざまであり、代表的な「鬼の寒念佛」「藤娘」をはじめ、仏画、美人画、武者絵…と多種多彩です。

その歴史は古く、1640年頃、寛永年間にさかのぼるといわれています。

もともと『大津絵』は仏画から始まり当初は信仰の一環として描かれたものでしたが、やがて世俗画へと転じ、加えて18世紀頃より教訓的・風刺的な道歌を伴うようになりました。

又、当時島原の乱などが日本国内で起こり、キリスト教の弾圧が厳しかった時代には庶民の免罪符の役割も担っていたそうです。

絵は元もと、京都から大津への入口にあたる追分・大谷辺りで描かれており、追分絵、大谷絵とも呼ばれていた時期もあったみたいで、後年いつの頃からか『大津絵』と呼ばれるようになったそうです。

『大津絵』は東海道の中、当時最も繁盛をきわめていた「大津宿」で旅人を相手に描き売られていた土産物であり、そのユニークな作風はたちまち大津宿を通る旅人の心を掴み大津絵の人気は広まっていきました。  

江戸初期より大衆に親しまれてきた大津絵も、世の中が明治時代に変わり、欧米文化が日本に導入され、大津の人々の心から『大津絵』という民俗美術がはなれていきました。

しかし、大津絵の素朴な美しさに惚れこまれていた何人かの絵師の方々の必死の努力で『大津絵』を復活させ現在に受け継がれています。

一見ユーモラスでとっつきやすいのに、実はチクッと刺すような人間風刺と時代が移っても変わらない普遍性が息づく『大津絵』の世界。

人の心の奥底を表現している風刺精神こそが、ほかの民画と一線を画す『大津絵』の魅力かもしれません。

大津、滋賀県を代表する民芸品であり、この素晴らしい大津の財産を後世に伝え、いつまでも残していって欲しいですね!

大津絵には、深い歴史がありここでは語り尽くせない程です。もっと詳しく知りたい方はこちらをご参照下さい。 

(大津絵の店HPへのリンク)

 ◎大津絵概説 ◎大津絵略年表
 ◎大津絵十種 ◎大津絵と俳句 ◎大津絵ギャラリー

 ◎大津絵オンラインショップ

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