豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『日本人唯一の三蔵「霊仙三蔵」 』

 日本人で唯一、中国仏教界の最高位「三蔵法師」の称号を持った人物「霊仙三蔵」をご存知でしょうか。

「三蔵」とは、仏教聖典の「経蔵」「律蔵」「論蔵」が収められた4千巻を超える一切経を全て理解した大徳の僧に与えられる称号を言い、 世界でもこの称号を与えられているのは、「西遊記」で有名な「玄奨三蔵」をはじめ、「般若三蔵」「不空三蔵」「羅汁三蔵」など著名な高僧を含め、10人にも満たないと言われています。

「霊仙三蔵」は、近江で生まれ、幼名を「日来禰」(ひきね)といい幼少期より非凡な才能の持ち主でした。4歳から地元の「霊仙寺」に預けられ、修行の道を歩き始めます。15歳で奈良興福寺へ行き、26年間の修行を重ねた後、 延暦23年(804年)、仏教を学ぶために遣唐使船で入唐求法の旅に立ちました。同船団には、後の日本仏教界の2大巨星と言われる、真言宗の「空海」と天台宗の「最澄」がいたそうです。

霊仙は卓越した才によって、「般若三蔵」から梵語(サンスクリット語)を修得。滋賀県大津市、石山寺で発見された『大乗本生心地観経』の筆受と訳語の大役を果たし、大唐国「憲宗皇帝」から認められ、『三蔵』の称号を贈られました。

その後、皇帝の側近くにあって相談役を勤めた高僧であったため、再三の帰国願いも許されず、827年、五台山の南、霊境村霊境寺にて68歳の生涯を終えたと言われています。

霊仙の直筆『大乗本生心地観経』は石山寺に現存しているそうです。2016年3月18日から始まった、33年に一度の、秘仏「如意輪観世音菩薩」の御開扉に合わせて、特別公開されています。この機会に「霊仙三蔵」の筆跡を鑑賞する大きなチャンスです。

近江で生まれ、生き、己が信じる道を一筋にひたすら歩いた僧がいたのだと思うと、あらためて、大津市という町に誇りを感じますね。

 




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日本人唯一の三蔵「霊仙三蔵」

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