豆知識

みなさんは滋賀県大津市について、どんなことを知っていますか? 残念ながら、
全国的には場所すらよく分からないという方が多いのではないでしょう か?
大津市は日本一の琵琶湖の南に位置し京都・奈良・鎌倉などとならんで古都指定 を受けた街で、かつては都が置かれ、源氏物語を生み、東海道最大の宿場町でした。
一見地味でも、実は自然と歴史と文化とまちが交じり合った奥行きのある”大津市”。まだまだ知られていないその魅力を、スタッフが発掘してご紹介していきま す。
(メルマガ”e湖都通信”に連載中の”大津豆知識”を再編集し掲載しています。)
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大津市

『大津の歴史〜その1(弥生時代まで)』

京都・奈良・鎌倉などとならんで、古都指定を受けた大津市。
歴史を語ると盛りだくさんの長編になるので、
まずは、1万年前〜弥生時代までの大津にスポットライトを当てて、
お届けします。
時代はさかのぼって1万年前。いわゆる石器時代
真野・南滋賀・田上里町・瀬田三大寺や瀬田川の川底から石槍が
出土しており、狩りで暮らす人々が存在していたと言われています。

その後、縄文時代の幕開けは瀬田川河口。セタシジミを中心とした日本最大級の淡水産貝塚が石山寺の東大門の南約50mのところにに残っています。石山寺の駐車場奥にある石山観光会館には、はぎとった貝層や出土品の写真も展示されています。
昔の人々もシジミを食べていたんですね〜。 約2500〜3000年前のお話です。

貝類の他にも猿やイノシシ・鹿・鯉・フナなどの魚の骨も数多く 出土していて、当時の縄文人にとっても中々住みよい環境だったようですよ。

参考:滋賀県文化財学習シート「石山遺跡」

その後、琵琶湖西岸地域にも人々が住み始め
弥生時代前期中頃には錦織から滋賀里付近に稲作が定着して発展したようです。ちなみに弥生時代は約1800〜2400年前です。

参考:滋賀県文化財学習シート「滋賀里遺跡」

この時代の琵琶湖の水はさぞかし美しかったでしょうね!
大昔から、人々の生活を支えてきた琵琶湖の恵みに感謝です!

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